東西冷戦のさなか、極寒の地・旧ソ連のレニングラード州でCIAエージェントは見た。戦時中の地雷原の撤去(てっきょ)を行っているソ連兵が見慣れぬ銃を手にしているのを。
その銃こそは、後にあらゆる紛争地帯に広まり世界を席巻(せっけん)する傑作アサルトライフル・AK47そのもであった!時に1953年、いまだ粉雪の散らつく(妄想)4月のことであった・・・。
というわけで今回は、冷戦時代にCIAがソ連の新型銃をはじめて発見したときの機密文書を紹介します!
目次
CIAがAK47を発見した日
その日、ソ連のレニングラード州からCIAに到達した報告書は、“New Type Soviet Submachine Gun and Carbine”(ソ連の新型サブマシンガンとカービン銃)と銘打たれたものでした。
そのレポートには、後に伝説的名銃となる新型銃の情報が含まれていたのです。文書の日付は、1953年4月29日。この日こそ、CIAがAK47を発見した日です。前月にはスターリンが死去し、3か月後の7月には朝鮮戦争の休戦が成立、翌8月にはソ連が水爆保有を発表しました。そんな冷戦真っ只中の1日でした。
ちなみに、日本だと昭和28年に該当します。2日前に阿蘇山が噴火し多くの死傷者を出しています。翌年の年末には水爆の象徴・ゴジラが誕生しました。
今回は、そんな歴史の証人たる機密文書を読んでいきたいと思います。
なぜCIAの機密文書が読めるのか?
「そもそもどうしてCIAの機密文書なんか読めるの?」という声が聞こえてきそうなので、本題に入る前に軽く説明しておきます。
何とCIAでは、保存開始から25年以上経過した歴史的価値のある文書を公開しているのです!これは、ビル・クリントン大統領時代に定められた「25年プログラム」という政策に従ったものです。
CIAでは、2000年以降、メリーランド州にある国立公文書館の新館にCREST(CIA Records Search Tool)という検索システムを構築し、データベースを公開しています。
さらに、2017年1月からはこのCRESTシステムがオンライン公開され、誰でもアクセスできるようになりました。
さあ、あなたもCIA文書を探ってUFOの正体を解き明かそう!
その文書はガチの機密文書だった
それでは本題に入ります。共に冷戦の一真実にメスを入れましょう!僕もCIA文書ははじめて読みましたが、今回紹介するのはガチモンの機密文書でした。
文書1ページ右上のこの部分を見てください。こんなことが書いてあるのです。
This Document contains information affecting the National Defense of the United States, within the meaning of Title 18, Sections 793 and 794, of the U.S.Code,as amended.Its transmission or revelation of its contents to or receipt by an unauthorized person is prohibited by law. The reproduction of this form is prohibited.
《日本語訳》
この文書には、合衆国法典第18編第793条および第794条(その後の改正を含む。)の趣旨の範囲内で、米国国防に影響を与える情報が含まれています。その内容の送信または公開、または許可されていない人物による受信は、法律により禁止されています。この書式の複製は禁止されています。
米国国防・・・。本当に僕なんかが見てしまってもいい文書なんでしょうか?
ちなみに合衆国法典というのはアメリカ合衆国の公式法令集で、第18編793条は「防衛情報の収集、送信、または紛失」について、794条は「外国政府を支援するための防衛情報の収集または提供」について定めています(※該当条文を見たい方はこちら、外部リンクへ飛びます)。
我々は、歴史上の本物の軍事機密に触れようとしているのです!
公開できない情報も含まれているようだ
この文書を見ると、すぐにあることに気付くでしょう。
至る所に「25X1」という謎の文字列が記され、文書の一部が読めなくなっているのです。これは一体何だ?
調べてみると、「25X1」というのは自動機密解除の免除を示す記号の一つらしいです。何かというと、CIA文書は、基本的には25年以上経過すると自動的に機密解除されるのですが、中には公開してはマズイ情報も含まれているわけです。そんなときは、こういう記号を付けてその部分を公開しないことができるのです。
しかし、隠されると知りたくなるのが人情というもの。一体ここにはどんな情報が書いてあったんだろう?「25X1」の意味については、連邦規則集第32編第20章の条文2001.26に書いてあります(該当条文を見たい方はこちら、外部リンクへ飛びます)。それによると、
- スパイの身元
- スパイによる諜報(ちょうほう)活動に関する情報
- 外国政府や国際機関の情報機関との関係
- スパイによらない諜報活動(※通信傍受等)に関する情報
これらの情報は「25X1」の記号を付して機密解除を免除できるとのこと。これらを公開すると、現在使われている諜報手段の有効性が損なわれてしまいますからね。いやあ~、ホンマモンの機密文書の雰囲気がヒシヒシと伝わってきますねえι(◎д◎υ)ノ
機密文書の本文を読んでみよう!
それでは早速、本文を読んでいきましょう!
その銃はある部隊の古参兵の手にあった
CIAのスパイは、一体どこでAK47を発見したのでしょうか?
the Krasnoselskiy Guards, Order of Aleksandr Nevskiy Rifle Regiment.
three original companies, composed of old soldiers, were being used to clear away some mine fields in the Leningrad and Novgorod oblasts. Only service personnel such as signal men, drivers, and cooks were then living in the barracks.《日本語訳》
アレクサンドル・ネフスキーライフル連隊指揮下のクラスノセリスキー警備隊。
レニングラード州とノヴゴロド州の何か所かの地雷原を一掃するために、古参兵で構成された三隊が動員されていた。当時、兵舎には信号兵・運転兵・調理兵などの軍務要員だけが住んでいた。
事の発端は、CIAエージェントがレニングラード州とノブゴロド州の地雷原撤去に従事しているソ連兵を発見したことでした。
【参考】ロシアの州
![]()
17:レニングラード州、23:ノブゴロド州、20:モスクワ州
出典:ウィキペディア「ロシアの州」掲載のOblasts of Russiaをトリミング加工したもの/本作品のライセンスはCC BY-SA 3.0に基づく
クラスノセリスキー警備隊というのは、下記の記事(※)によれば、モスクワ軍管区に所属する現在の第2タマンスカヤ親衛自動車化狙撃師団の一部とのこと。クラスノセリスキーはモスクワの地名です。
(※)A CIA Agent’s Drawing of the First AK-47 Sighting
しかし、兵士が確認されたレニングラード州とノブゴロド州はレニングラード軍管区に属しています。なぜここにモスクワ軍管区の兵士がいたのでしょう?
【参考:レニングラード軍管区の地図】
出典:Leningrad Military District Map/Nocladorを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY-SA 3.0に基づく
実は、レニングラード軍管区には空軍の部隊しか配置されていなかったのです(※ウィキペディア「レニングラード軍管区」参照)。そこで、近接するモスクワ軍管区から地雷撤去のため兵員が動員されたのではないかと思います。こんな風に解析していくのも歴史資料の楽しみですよ!
続きを読んでみましょう。
Soldiers of Krasnolselskiy Regiment were equipped with new type submachine guns and carbines
The regiment’s new recruits, who were organized into three companies at the start of basic training, were issued old type PPSh submachine guns and the old type of carbine.《日本語訳》
クラスノセリスキー連隊の兵士は、新型のサブマシンガンとカービン銃を装備していた。
連隊の新兵は、基礎訓練開始時に三隊に編成され、彼らには旧型のPPShサブマシンガンと旧型のカービン銃が支給された。
クラスノセリスキー連隊は、上で出てきたクラスノセリスキー警備隊と同じでしょう。同部隊の新兵以外の兵士(=古参兵)が装備していたこの「新型サブマシンガン」こそがAK47だったのです。アサルトライフルのAK47を「サブマシンガン」と呼んでいるのは、当時はまだ「アサルトライフル」というジャンルが確立していなかったためです。
これを発見したCIAのスパイも、のちにこの銃が1億丁以上も生産され、最も多く使われた軍用銃としてギネス登録されるとは夢にも思っていなかったでしょうね。ハリウッド映画でも、すっかりテロリストの銃としておなじみです。結果論ながら、彼はとてもお手柄だったといえるでしょう。
ちなみに、新兵に与えられたという「旧型のPPShサブマシンガン」というのは、ご存知PPSh-41のことです。
出典:Soviet army ppsh 41/Lposkaを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY-SA 3.0に基づく
第二次大戦中のソ連を代表する有名なサブマシンガンです。この銃もカッコイイですよね~。無可動実銃で欲しいなあ。
なお、ここで「新型のカービン銃」も登場していますが、これはSKSカービンのことです。
出典:SKS Russian semi-automatic rifle (1945). Caliber 7.62x39mm. From the collections of Armémuseum (Swedish Army Museum), Stockholm, Sweden./本作品のライセンスはCC BY-SA 4.0に基づく
後に米国で、銃剣を着けて槍(やり)としても使えるという理由でホームプロテクション用として人気を博することになります。この文書ではこの銃についてもスケッチ付きで報告しているのです。彼はますますお手柄でしたね。なお、今回はAK47に注目して見ていきたいと思います。
機密文書はAK47をどの程度正確に報告しているのか?
いよいよ文書の内容はAK47に関するものになっていきます。果たしてCIAエージェントは、AK47の情報をどのくらい正確に伝えているのでしょうか?お手並み拝見といきましょう!
The new Soviet submachine gun(note sketch on p.4)had a removable wooden stock and was equipped with a handle grip.
《日本語訳》
ソ連の新型サブマシンガン(4ページのスケッチ参照)には取り外し可能な木製ストックがあり、ハンドルグリップを備えていた。
ハンドルグリップとありますが、要するにピストルグリップのことですね。
銃本体から突き出たピストルグリップを備え、手で握れるようになっているのはアサルトライフルの特徴です。
CIAエージェントのスケッチを見てみよう!
「4ページのスケッチ参照」とあるので、早速スケッチをみてみましょう。お手柄スパイの絵心やいかに?
彼が描いたスケッチがこちら。ふむふむ、ものすごく正確というわけではありませんが、全体的に特徴(とくちょう)を捉えていて良く描けているのではないでしょうか?
個人的に気になったのは、Eのガスチューブがハンドガードの上から伸びている点とマガジンキャッチがトリガーガードの内側になっている点、グリップとマガジンの太さが同じになっている点の3点くらいですかね。

※実際は、ガスチューブはハンドガードの前方から出ています

※マガジンキャッチはトリガーガードの外側です

※グリップはマガジンより細いです(なお、AKMの電動ガンを使って説明したことをご了承ください。意味は伝わったでしょう?)
ちなみに、2年後の1955年のCIAレポート掲載のスケッチがこちら。
※引用元のCIA文書はこちら、外部リンクへ飛びます
おお~、かなり正確!情報が増えたのでしょうね。これと上のスケッチを比べてみると、潜入地ではじめて遭遇(そうぐう)した新兵器の情報の少なさや軍事機密を収集する難しさなど、現場の緊張感が伝わってくるような気がします。
記載されている寸法はどのくらい正確なの?
スケッチには銃と弾薬の寸法が書かれているので、どのくらい正確なのかチェックしてみたいと思います。
全長
上のスケッチだと、300mm+400mm+200mm=900mmです。実際のAK47は870mmなので(※)、ほぼ正確ですね。彼は銃の実物を入手して実測したのでしょうか?
(※)シカゴレジメンタルス所蔵の無可動実銃AK47Ⅱ型のデータを参照した
弾薬のサイズ
一方弾薬はどうでしょう?弾薬のスケッチ部分を拡大してみます。
上がAK47の弾薬です。これによると、全長45mm、薬莢が33mm、弾頭が12mm、薬莢の直径が10mmとなっていますね。
では正確な図と比べてみましょう。
出典:7.62x39mm maximum C.I.P. cartridge dimensions. All sizes in millimeters (mm)./Vladsingerを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY-SA 3.0に基づく
これが、AK47が使用する7.62×39mm弾です。この図によると、全長56mm、薬莢38.7mm、弾頭17.3mm、薬莢の直径が11.35mmとなっています。う~む、CIAのスケッチとは結構違いますね。CIAスケッチは実物よりもやや小さめです。
やはり「サブマシンガンの弾(=拳銃弾)」という先入観で見ているので、実際よりも小さく見積もったのかも知れませんね。
AK47Sの存在も確認している
レポートでは、AK47のみならずAK47Sの存在も確認し、しっかり報告しています。
Some of these submachine guns had, instead of wooden stocks, collapsible metal frame stocks similar to those of the German World War II machine guns.
《日本語訳》
これらのサブマシンガンの一部は、木製ストックの代わりに、第二次大戦中のドイツのマシンガンのような折りたためる金属フレームのストックを備えていた。
はい、空挺部隊などで使用されたことが知られている金属折りたたみ式ストックを備えたAK47Sですね。
折りたたみストックの形状が第二次大戦中のドイツのマシンガンに似ていると書かれていますが、実際にはドイツのサブマシンガンのことだと思います。
出典:MP40/I/Quickloadを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY-SA 3.0に基づく
例えば、MP40とストックの形がとても良く似ています。他国の銃器の知識もしっかり踏まえて報告するCIAスパイ。やはり世界一の諜報機関のエージェントは優秀ですね。
AK47のメカニズムをとても正確に描写
突然ですが、皆さんはAK47のメカニズムをご存知でしょうか?これについては、とても良い動画があるのです。以下の2つの動画を見れば、一目瞭然(いちもくりょうぜん)で分かりますよ!
引用 Youtube
こちらの動画では、CGを使ってとても分かりやすく説明しています。日本語字幕が不正確なのがちょっと残念。
実銃の動きもご覧ください!
引用 Youtube
お分かりでしょうか?
AK47は、ガスチューブを通して発射ガスの一部が戻ってきて、中に入っているガスピストンというパーツをガス圧で後退させるのです。ガスピストンはボルトキャリアーに直結しており、これによりボルトがブローバックします。
CIA文書では、AK47のこの特徴的なメカニズムを簡潔かつ端的に伝えています。
A new feature of the Soviet weapon was a gas manifold (a gas -returning metal tube) placed on the top of its body to cause the recoil of the bolt and to eject the cartridge cases.
《日本語訳》
ソ連の新兵器の特徴は、本体上部に位置するガス管(ガス回帰金属管)だった。それは、ボルトを後退させ薬莢を排出するためのものだった。
上の動画や図を使って説明した内容がこの一文にすっぽり収まっているでしょう?これは名文です!
全体的に見ると、軍事機密をはじめて引き抜いたレポートとしては正確性も高く、このエージェントは良い仕事をしたと言えるのではないでしょうか?
AK47の特徴
報告書は、AK47のさらに細かい特徴を述べていきます。
本体が長い
AK47は機関部がかなり長かったそうですよ。
The body of this submachine gun was considerably longer (400 mm.) than that of the PPsh, but the jacket was much shorter. The barrel was not entirely covered by the jacket but protrunded approximately 80 mm.
《日本語訳》
このサブマシンガンの本体はPPshよりもかなり長かった(400mm)が、被筒(※ハンドガード)はずっと短かった。銃身は完全に被筒では覆われておらず、約80ミリ突き出ていた。
長かったといっても、PPshサブマシンガンと比べての話です。アサルトライフルがサブマシンガンより長いのは当たり前ですね。ただ、AK47の機関部はアサルトライフルの中でも比較的長めなのです。AKと並び世界二大アサルトライフルとして知られる米国のM16と比較してみましょう。

出典:M16とAKの比較/Henricksonを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY-SA 3.0に基づく
「何だよ、M16の方が長いじゃん」と思ったあなた、慌てない慌てない。銃身とストックを除いた本体部分の長さを見比べてください。AKの方が長いですよね?これは、AK47の機関部は内部に空洞が多いからです。これにより、多少ホコリや汚れが入っても作動不良を起こしにくく、過酷(かこく)な環境でも使用できます。
この特徴こそが、AK系列の銃が現在でも世界で幅広く用いられている要因の一つです。ベトナム戦争時、米軍のM16はクリーニングの不徹底もあって頻繁(ひんぱん)に作動不良を起こしたため、敵のAK47を拾って使ったなんて逸話(いつわ)は有名ですよね?
AKの銃剣
レポートでは銃剣についても触れています。
This submachine gun was provided with a removable knife-type bayonet.
《日本語訳》
このサブマシンガンは取り外し可能なナイフ型の銃剣とともに支給されていた。
レポートと同年代のAK用銃剣と言えばこちら。
刃渡り200mmの6kh2銃剣です。1950年代に旧ソ連のイジェフスク造兵廠(現イズマッシュ)でAK47とともに製造されていました。エージェントが見たのは、たぶんこの銃剣でしょう。上掲のスケッチとも似てますしね。
初期型マガジン
初期のAK47に関するちょっとした豆知識も本文書から知ることが出来ます。
The magazine was flat and held 30 rounds.
《日本語訳》
マガジンは平坦で装弾数は30発だった。
これを見て「おや?」と思う方もいるのではないでしょうか?
AKのマガジンと言えば、このようなリブ付きのものを思い浮かべますよね。「平坦」とは一体・・・?

引用 櫻井朋成「バランスドリコイルシステム カラシニコフSR1」(『Gun Professionals』2020年11月号、株式会社ホビージャパン、105頁)より
実は、初期型マガジンはリブのないフラットなものだったのです。上の画像は、『Gun Professionals』誌に掲載された1952年製のAK47Ⅱ型です。もしかして、スパイが見たAKのうちの一丁がこれだったり・・・なんてことあるわけないか。
サブマシンガンより長めの弾薬
弾薬の比較も行っています。
Cartridges were somewhat longer than for the PPsh and the top of the projectile was more pointed. These cartridges could be used for both this new submachine gun and the new type carbine (see next paragraph).
《日本語訳》
弾薬はPPshのものよりいくぶん長く、弾頭の先端はより尖っていた。これらの弾薬は、新型サブマシンガンと新型カービン銃(次の段落を参照)の両方で使用できた。
PPshよりもAKの方が弾薬が長くて先端が尖っていたとのこと。これは、アサルトライフルでは中間弾薬を使用しているためです。

右から3番目がAK47の弾、2番目がM16の弾。一番右の.22LRは拳銃からライフルまで幅広く用いられている弾薬である
中間弾薬とは、フルサイズのライフル弾よりは低威力、拳銃弾よりは高威力の弾薬のことです。要するに通常のライフル弾より威力と反動を抑えたライフル弾なので、サブマシンガンで使う拳銃弾よりは長くて尖っているのは当然です。
アサルトライフルの定義が確立している現在の目線でみると、「当たり前だよなあ」と思うような内容ではありますが、当時はAKを「新型サブマシンガン」とみなしていたので、こういう比較も重要だったのでしょう。
こういう「アサルトライフルがまだ無かった頃の空気感」みたいなものは、本文書のあちこちに見られます。
リアサイト
続いて、リアサイト(照門)について。
The rear sight was the same type as that used on the rifle.
《日本語訳》
リアサイトはライフルで使用されていたものと同じタイプだった。
AK47には、ボルトアクションライフルなどで用いられていた「タンジェントサイト」というタイプが付いていました。

出典:Rear sight of a Chinese Type 56, featuring 100 to 800 m (109 to 875 yd) settings and omission of a battle zero setting/Erik Greggを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY-SA 2.0に基づく
100mから800mの範囲で調整できます(※上の画像はAK47の中国コピー・56式自動歩槍のもの)。AKは頑丈な代わりに精度はそんなに高くないので、800mもいらないだろうと言われることもあります。そもそもアサルトライフルの有効射程が300m~500mくらいですしね。
立ち現れてくる「アサルトライフル」
CIAエージェントは、なおも新型銃をPPshと比較していきますが、その記述からは当時まだカテゴリーとして確立していなかった新時代の武器・アサルトライフルの特徴を読み取ることが出来ます。
The submachine gun, like the PPsh, could be used for either single or automatic fire.
its weight was slightly heavier than that of the PPsh. The opening on the right side of the action was very narrow, sufficient only for horizontal manipulation of the bolt’s handle.
the weapon was not collapsible in the middle like the PPsh. In general, the new submachine gun looked very similar to the German World War II submachine gun.《日本語訳》
そのサブマシンガンは、PPshのように、セミオートとフルオートのどちらでも射撃可能だった。
重量はPPshよりも少し重かった。右側面の作動部分の開口部はとても狭く、それでいてボルトハンドルを水平方向に操作するのに十分な広さだった。
その武器は、PPshのように真ん中で折りたたむことはできなかった。総じて言えば、新型サブマシンガンは、第二次大戦中のドイツのサブマシンガンに非常に良く似ていた。
新型銃は、サブマシンガンのように単射と連射の両方で使用でき、しかも第二次大戦中のドイツの銃に似ていたとあります。銃に詳しい方なら、これがアサルトライフルの登場に関わる極めて重要な記述であることが分かるでしょう。
アサルトライフルはサブマシンガンの進化系
アサルトライフルはある意味で、サブマシンガン(=短機関銃)から発展したものと言えます。
第二次大戦中、歩兵の主力武器はほとんどの国でボルトアクションライフルでした。
高威力のライフル弾を使用するのですが、一発ずつ手動で撃たなければならない上、装弾数はせいぜい5発程度。弾をばらまいて火力で制圧するというような運用はできませんでした。
そこで、近距離の戦闘では拳銃弾をフルオート射撃できるサブマシンガンが重宝されましたが、これはこれでピストル弾のため威力不足という側面があるのが否(いな)めませんでした。
と多くの人が考えたのも無理からぬことだったでしょう。
ところで、ライフル弾を連射できる武器としては、元々マシンガン(=機関銃)がありました。
しかし、これは複数人の兵士で運用するもので、歩兵の武器とはなり得ません。何とか歩兵が携行できる小銃サイズで実現したいものです。
もちろん、実際にそういう武器は作られました。
有名なところだと、米軍のM14ライフルがあります。ところが、フルサイズのライフル弾は反動が強く、フルオートで撃つとコントロールするのが極めて困難だったのです。
そこで、「サブマシンガンのようにフルオート射撃時のコントロールが容易で、それでいてサブマシンガンよりは高威力の丁度いい武器があればいいな」と知恵を絞った結果生まれたのが、ライフル弾と拳銃弾の中間の威力の中間弾薬を使用するアサルトライフルだったというわけです。
ドイツで誕生
そして、そのアサルトライフルは第二次大戦中のドイツで誕生したことが知られています。
StG44です。
- 中間弾薬を使用
- 直銃床とピストルグリップを備える
- 単射と連射の切り替えができる
現代アサルトライフルの特徴をほとんど備えているこの銃は、正にアサルトライフルの原点。そして、このStG44を参考に開発されたのがAK47だったのです。
冷戦時代、西側諸国は東側に比べてアサルトライフルの導入が遅れたことが知られています。本報告を行ったエージェントも新時代の武器の可能性をどの程度感じ取っていたのかは分かりません。ですが、本レポートは西側にはじめてアサルトライフルを紹介した文書と位置付けることが出来るのではないでしょうか?
CIAはどうやって軍事機密を盗んだのか?
ところで、CIAのスパイはどのように軍事機密を盗んだのでしょうか?報告書の記述から推測してみましょう!
Until they had taken the military oath at the end of the basic training period, new recruits in Svobodnoye were not allowed by their superiors to come close to these new submachine guns or carbines.
《日本語訳》
スヴォボドノエの新兵は、基礎訓練期間を終え軍誓を立てるまで、これらの新型サブマシンガンやカービン銃に近づくことを上官から許可されなかった。
スヴォボドノエ(Svobodnoye)は、レニングラード州の地名でフィンランドとの国境付近です。たぶん、ヨーロッパ側からソ連域内に侵入し情報収集するというのがCIAの主要な諜報ルートだったのでしょう。
これについては、1980年代のものですが、米国国立公文書館が所蔵しているCIA作成の“Strategic Location of USSR Terrain Elements”(ソ連地形要素の戦略的位置)という地図が参考になると思います。
地図中に見える赤い矢印は“Main Gateways to USSR Heartland”(ソ連中心部への主要な入口)と書いてありますが、これをCIAの諜報ルートとみなすことも可能だと思います。ほとんどがヨーロッパ側から伸びてますよね。
ちょっと拡大してみましょう。
北欧側から伸びる矢印の先に“Leningrad”(レニングラード)の地名が見えるのが分かるでしょうか?CIAエージェントがレニングラード州でAK47を発見したのは諜報ルート的な必然だったのかも知れません。
そして、この考え方によるならば、全く別方向からのもう一本の諜報ルートがあったはずです。
日本からソ連に侵入するルートです。
「そんなバカな!?」と思いますか?そういえば、CIA文書にはこんなことも書いてありましたよ。
These new weapons were considered military secrets and were issued only to some troops of the Leningrad and Far Eastern military districts. Even in these military districts, in order to preserve the required degree of secrecy, they were issued only to troops stationed in military settlements away from inhabited localities.
《日本語訳》
これらの新兵器は軍事機密と見なされていたので、レニングラード軍管区と極東軍管区の一部の部隊にのみ支給された。これらの軍管区においてさえ、機密を維持するために、居住地域から離れた駐屯地に配置されている部隊にのみ支給された。
このスパイは、レニングラード州だけでなく、ヨーロッパから遠く離れた極東軍管区にも新型銃が配備されていたことを把握しているのです。この情報はどのルートから入手したのでしょうね?
【参考】極東軍管区の地図
![]()
出典:Far Eastern Military District after absorption of Sakha Republic/Nocladorを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY-SA 3.0に基づく
1953年と言えば、サンフランシスコ講和条約の発効により日本がアメリカの占領から脱してわずかに1年。占領軍は依然、在日米軍として駐留を続け、日本が米国の強い影響下に置かれていた時代です。そんな時代、駐在していたCIAエージェントが我が国からソ連に侵入し諜報活動を行うというような歴史の闇に隠された一幕があったのかも知れません。
全てはアメリカ合衆国のみぞ知る・・・。
まとめ
- 東西冷戦のさなか、CIAエージェントがソ連の新型銃を発見した
- 発見したのは1953年4月29日
- その銃こそは、後に伝説的名銃となるAK47だった!
- CIAでは保存開始から25年以上経過した文書を公開しており、誰でも見ることができる
- 機密文書では、AK47の特徴やメカニズム、配備状況などについて報告している
- CIAは、主としてヨーロッパ側からソ連に侵入するルートで軍事機密を盗んだと思われる
- 日本からソ連に侵入する諜報ルートもあった可能性がある
今回は、歴史上の本物の機密文書を読んでみました。AK47が1947年に生まれ、49年にソ連軍に採用され、その後東側諸国に膨大(ぼうだい)に出回ったという歴史的事実は誰でも知っています。でも、この銃が当時の一次資料にどんな風に出てくるのかは、ほとんどの人が知りません。
こういう歴史上の生の資料に触れることには、なんとも言えない楽しみがあります。皆さんもぜひ歴史資料を読んでみてください!おもしろいですよ♪

